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放送大学で勉強中

放送大学で頑張って勉強する日記です。

心理カウンセリング序説 第11回 学校と子どもたち

教育とカウンセリングの関係性についての話。

 

大学で臨床心理学を学んだ学生を、教育現場に派遣した時に、

学生は、カウンセリングを学んでいるため、

それが授業から離れた行動であってもなるべく生徒の行動を受容しようとする。

しかし、学校現場では、生徒の自由な行動を受容するよりも

授業に参加することを目的とする。

 

そのため、教育現場から戻ってきた学生は、

「学校の先生は、カウンセリングを理解していない」と怒ってしまう。

 

しかしながら、話をよく聞くと、その学校の先生は、

生徒のことをよく見ており、きちんと声掛けなどをして促せば、

授業に参加できることを知っているため、なるべく授業に参加してほしいと、

考えているのであって、それなりに妥当性のある判断であることがある。

 

教育現場は複雑であり、そのさまざまな事情に基づいて、

判断することが求められる。

 

カウンセリングは受容する、教育は指導するという

単純な二分法ではすまない。

しかし、カウンセリングと学校現場は、

二律背反の部分もあり、そのためこの学生のように板挟みになることがある。

 

カウンセリングの世界では、子ども自身の心の中に、

向かうべき方向があると考えているが、これは子どもの好き放題にさせるという

意味ではなく、子供の奥深くにある本当の方向性を読み取る努力が必要とされる。

 

学校教育と心理臨床の守備範囲を単純化して整理すると、

学校教育では自我の力を用いて外界との関係を取り結ぶ力をつけていくところへの

働きかけの中心点がある。

心理臨床では、自我と無意識的な領域を含めた全体を

心として取り扱い、心の全体へ関与しようとすることへ

働きかけの中心点がある。

 

学校教育と心理臨床は、子供たちへの関わり合いにおいて、

重なり合いつつもずれがあり、そのずれが生産的に機能するときは、

意義のある協働が行われている。

 

学校教育と心理臨床はどちらか一方の立場に立つのではなく

よりよい協働関係が必要になる。